Search this site
ライター今泉愛子のブログです
代々木公園練習会 中学生のYちゃんと

6月7月と長い距離を走り込みまして、苦手意識はかなり克服できました。

わたしは10代の頃から長いのが苦手で、走っているとうんざりしてしまうんです。

走っていると、というよりも、走り始める前からですね。憂鬱になる。

 

走り始めると、もう最初からウゲーという感じ。

まだかよまだかよまだかよ、まだ続くのかよ。

なんども腕時計を見てしまう。

「え! さっきから15秒しか経ってないじゃん!」と絶望しそうになる。

ラン友さんたちには真顔で「走っている時って何を考えればいいですか?」と相談していました。

気持ちがとっちらかってしまって、全然走りに集中できない。

 

800mというのは、レース中ずっと集中しています。

200mのインターバルなら、200を走っている時は集中、ジョグはクタクタですから、何かを考える必要はない。

 

でも長いのって、わたしからすると「ダラダラ」な感じなんです。

だから飽きる。

 

でも、このところせっせと距離を伸ばしたおかげで、その辺りの欠点はかなり改善できました。

適度に気持ちをそらす方法を覚えた。体と心で。

 

あと上りもコツがあるような気がしてきた。

120分走をやったとき、上りになるとラン友さんにあまりにあっけなく離されました。

グイグイと離される。

もちろん筋力も違いますし、慣れもあるかもしれませんが、

なんでやねん、とも思う。

で、なんとなくポイントは集中力かな、と。

ぼんやりしていると、確実にスピードが落ちます。

意識的に走ることですね。

体の使い方はまだマスターできていませんが、ロードを本格的にやるようなことがあれば、

もうちょっと研究してみます。

 

8月からスピード練習だ! と張り切っていましたが、

体がかなり疲れていまして、8月上旬は、結構量を落としました。

暑かったのもあるでしょうか。

90分のつもりで走り始めたのに、60分に短縮したこともありましたし、完全休養も多かったです。

わたしの場合、走ろうとして「あ、今日は無理」ということがたまにあります。

こういう時は、無理しない。

 

少しずつ戻ってきているかな、というところで、昨日は、中学生のYちゃんと練習!

代々木公園に8時集合。

40分間クロカン走をやったあと、

織田フィールドに移動して、動きづくりと200mのインターバル3本(Yちゃんは5本)。

 

クロカン走は、かなりのハイペースで、なんと後半3kmは5分切っていました。

アップダウンもあるコースなのでこれは素晴らしい。

 

200mのインターバルも33、34、34でした。おお〜!

これは全てYちゃんのおかげでありまして・・・!

引っ張ってもらいましたからね。

 

6月、7月とスピード練習が足りていなくて、その自覚はあったものの、

あまりの落ち込みっぷりに焦っていましたが、

このタイムで走れたならそれなりにいいのではないでしょうか。

 

Yちゃんは将来有望なランナーです。

わたしが中学生の頃よりよっぽど体がしっかりしています。

わたしはペラペラでしたし、フォームもめちゃくちゃでした。

ぜひ頑張って欲しいです!

 

次は検見川に行きたいと思っています(Yちゃんは千葉県人なのです)。

わたしはこれからレースシーズンに入るので、冬になるかもしれませんが、楽しみ!

ついていけるよう頑張ります。

 

来週は海外旅行を控えています。

9月上旬は織田フィールドが休場。

ここからスピードトレーニングをせねば、という時に、とも思いますが、

工夫しながら積み上げていきたいと思います!

 

 

 

 

 

posted by 今泉愛子(詳細はクリック) | 05:42 | ランニング | comments(0) | trackbacks(0) |
すべての欠点は、自分が思うほどひどくない ー コンプレックスに負けない

ある男性が「俺は本当にダメなやつなんですよ。仕事もうまくいってないし、彼女にフラれちゃったし」

なんてことを言っていたんですね。

 

そういう”ダメなところ”に惚れるのが女ですよ、と言ってあげたかったのですが、

そこまでの仲でもなく、ニコニコ話を聞くだけでした。

 

誰しもコンプレックスってありますね。

ブスだ、デブだ、学歴が、年収が、話がうまくない、洒落たお店なんて知らない、

私と一緒にいても楽しくないでしょ。

 

でも、それって自分が気にするほどひどいことではなくて、誰もが持ちうる欠点の一つです。

わたしもいろんな男子と(あるいは女子も)話をしていて、

たとえば、

この人は用心深いんだな。気が小さいとも言えるな。

なんて思ったりすることがあります。

 

でもそれで、嫌いになることはまずない。

むしろ逆ですね。愛しくなる。

 

自分のマイナス部分って、自分が思っているほどマイナスではありません。

でも人は頑固だから、いったん自分に「ダメ」の烙印を押すと、なかなか覆せません。

 

友人でも「もっとかわいく生まれたかった〜」と言う人がいるんです。

「十分、かわいいよ!」というんですけど、聞こえない。伝わらない。

「愛ちゃんは、そこそこかわいいからいいんだよ」とか言われる。そこそこね・・・。

 

でもマジでそれ誤差の範囲だから。

あえていうなら、「自分はかわいくない」という思い込みが彼女をブスに見せている。

必要以上に謙遜するから。どうせわたしはって。

 

もちろん、女子も男子も、美人やイケメンの方が得します。

それはれっきとした事実だけど、美人が幸福な人生を歩んでいるかというと、そういうことでもない。

だから気にしなくてよし。

人生を左右するほどのことではない。

大切なのは、割りきりです。

わたし、大して美人じゃないけど、でもだからなんなの?って。

 

で、わたし。

ずっと「わたしの高校時代は最悪だった」と思っていました。

ある種の固定観念です。

 

前に、高校の同級生のKくんが、Facebookで

「愛ちゃんは、高校時代も輝いていましたよ!」と言ってくれて、

ああ、やっぱりKくんは優しいな〜。

そんな風に気を使ってくれるんだ、とは思ったけれど、

それはお世辞だと思っていました。わたしを励ますための。

 

全然輝いてなんかなかったでしょ!

これもまた、わたしのコンプレックスがそういう意固地な見方をさせています。

 

コンプレックスというのは、競技成績、順位やタイムについてですね。

わたし、何やってたんだろう、という自責の念が強すぎた。

ぜんぜん輝いてなんかなかったし、本当にダメダメな高校時代だったと思っていた。

 

でも、その高校時代に、近くにいた人たちがわたしのことを好きでいてくれていて。

先輩は、いつも楽しそうにしていました!っていう。

思うほど、ひどくなかったってこと?

競技成績が全てじゃないってこと?

 

そんなことに、気づかないでずっと「惨めな想い」をしながら生きてたんです。

「惨めな想い」ってのは、言い過ぎかな。

でも封印して明るく生きていただけで、惨めさを乗り越えてはいませんでした。

その惨めさを作っているのは「自分」です。

 

わたしは、ブスだから。

俺は、だめ男だから。

 

誰もがいろんな想いに押しつぶされそうになりながら、生きていると思いますが、

自分が思うほど、ひどくないんですよ。

 

大切なのは、その感情を自分がどう扱うかです。

誰もわざわざ褒めてはくれないし、親切に慰めてもくれません。

 

もうちょっと、どうにかできなかったのかな、と思う人生の岐路はいっぱいあります。

でも、いいの。そんなことどうでも。

失ったもの、得られなかったものを大きく感じるだけで、実際は誤差の範囲内です。

 

わたしが、高校のインターハイでも優勝して、意気揚々とした瞬間があったとしても、

今のわたしの人生に大きな影響を与えたとは思えません。

それで何かが変わった? 変わってないですよ、大して。

 

進学先は違っていたかもしれません。

結婚相手も違っていたかもしれない。

でもだからなんなの?って話。

 

欠点もそう。

ブス、だからなんなの?って。

 

自分を必要以上に惨めに感じないことです。

人から嫌われたり、仲間はずれにされたり、大人にだってあります。

仕事がうまくいかなかったり、裏切られたり、いつだってあります。

でも、惨めに思う必要はない。

なんでわたしは、と落ち込まなくていい。

どうせわたしは、と諦めなくていい。

 

幸せって、条件じゃないから。

心地よい風が吹いてきただけで、幸せになれるから。

 

というわけで、競技成績だけで必要以上に惨めに感じていた高校時代は、

それほど悪くはなかったと。

周囲は、競技成績だけでわたしを見ていたわけではないと。

 

自分を惨めに思いそうになったら、だからなんなの? と問いかけてください。

強く生きよう。

 

posted by 今泉愛子(詳細はクリック) | 06:38 | 人生 | comments(0) | trackbacks(0) |