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ライター今泉愛子のブログです
強さの裏側にあるもの

前の記事を読んで、「生きるのがつらくてグダグダ」な人が

フィンランドへひとり旅に行くのかな? と思いました楽しい

 

日本語のできない外国人が初めて日本に来ていきなり恐山を目指すようなもので、

よっぽどの変わり者でもない限りそこに行こうとはしませんよね。

そこがわたしのムダにエネルギーのある部分かもしれません。

 

首都ヘルシンキは、フィンランドの南端

私は夜行列車とバスを乗り継いで北端のノルウェイとの国境付近まで行きました

 

その頃、なぜそこまで落ち込んでいたかというと、

ライターとして一段上のステージに立ちつつあったのですが、

そこはこれまでのやり方が通用しないステージで、

どう振る舞っていいかがわからずおどおどしていました。

だけどそうして丸腰でいると、踏み倒されそうになる。

 

駆け出し時代のわたしは、とても使い勝手のいいライターでした。

与えられた仕事を、文句ひとつ言わず、ガツガツとこなして行く。

つねに謙虚で従順でした。

けっこう重宝されていたと思います。

 

だけど、もう少し高いステージに立とうとすると、

それまで通りニコニコ働くやり方では、通用しない。

力と力のせめぎ合いで、うかうかしていると仕事相手に呑み込まれてしまう。

インタビューなんて、そうです。

 

なんでこんなに、軽く見られるんだろう。

なんでこんなに、ひどい目にあうんだろう。

わたし、何か悪いことした?

そんなことばかり考えては落ち込んでいました。

 

落ち込んで、落ち込んで、もう消えそうになっていたのが2011年だと思います。

どうにもこうにもつらかった。

でもそこで、必死に踏ん張りました。

 

わたしが人から軽んじられるのは、

「わたしのこと軽く扱ってくださって結構です」という顔をしているから。

ランナー人格だけは強気ですが、普段は弱気なんです。

どこへ行ってもニコニコしているだけです。

自分自身に謙虚であることを課してもいました。

 

かなり悩んで、うじうじして、

それで最初にしたのが、自分を軽く扱う人、不快な想いをさせる人とは付き合わないことでした。

簡単なようですが、フリーランスとしては苦渋の決断です。

付き合う相手を選ぶほどのタマなのか、と自問自答しましたが、

でも、ここで踏ん張らないと、と必死でした。

 

仕事が減ってもいい。

このままだと自分が潰される。

そう思って、とにかく懸命に持ちこたえました。

あの頃の踏ん張りがあって、今があります。

 

だけど振り返れば、なぜあそこまでいじいじしていたのかと思います。

それはきっと、わたし自身が自分の弱さを愛していたから。

だから抜け出せない。

 

堂々と自己主張する人より、いじいじする人にシンパシーを感じる。

いじいじする人の方が「人間くさい」「人情味がある」「親しみがわく」と思ってしまう。

栄光をつかんだ勝者より、努力が叶わない敗者が好きだったんです。

 

女性誌によく出てくるインタビュー記事は、たいてい勝者の弁です。

勝った人が、勝つ喜びをとうとうと語る。

「わたしはこうして幸せを手に入れました」

「失敗を糧に頑張ったんです」

 

そういうのを読んでは落ち込んでいました。

自分と違いすぎる。

 

ところが、です。

少しずつ、堂々と自己主張する人の強さに惹かれるようになりました。

勝間和代さん、林真理子さん、ホリエモン。

彼らの強さの裏側もわかるようになってきた。

 

最近でいうなら、小泉今日子さんです。

妻ある人との恋愛宣言なんて、どう考えてもツッコミどころ満載で、

非難されることは容易に想像がつきます。

40年近く芸能界にいる彼女がそれを知らないわけがない。

 

だけどあえて発言する。

誰を守りたかったかというと、それは豊原さんでしょう。

わたしが、彼のことを好きなんです。

わたしが、彼のことを好きになりました。

 

そう宣言することで、豊原さんは、妻がいるのに女に手を出すだらしない男、

という世間の評価から逃れられました。

豊原さんへの非難を、自分への非難に向けた小泉今日子の潔さ。

 

そもそも芸能界では、不倫は女性に不利です。

ベッキーも斉藤由貴もずいぶんと大変な想いをしています。

そういう状況も、すべて知った上での決断。

 

人から意地悪されて、いじいじしていた頃のわたしだったら、

小泉さんの振る舞いを、非難していたかもしれません。

豊原さんの奥さんがかわいそう、と思ったはず。

 

それはわたしが「弱者」の立場にいたから。

強い人に傷つけられる弱者に、いつも同情していました。

 

強い人ってひどい。

弱者を踏みにじってまで成功したいのか。

それで成功してうれしいのか。

そう考えてはイライラしていました。

 

小泉さんは、当然奥さんのことも考えたと思います。

発言にもありました。

 

社会は、弱者に寛容ですから、弱者を味方した方が得です。

ワイドショーのコメンテーターは必ず弱者の味方をします。

 

そんなの百も承知の小泉さんなのに、

しおらしく涙を浮かべて「奥様には申し訳ないと思っています」と発言することを選ばなかった。

無頓着なんじゃない。

選ばなかったということ。

 

それを傲慢と取る人ももちろんいると思いますが、

わたしは、あの強さにしびれます。

もっと強くなりたい。

 

フィンランドのトナカイ

 

posted by 今泉愛子(詳細はクリック) | 10:00 | life | comments(0) | trackbacks(0) |
欲しいものを全力で取りに行く

なにかの拍子に二年近く前に自分が書いていたブログの記事を読んだら、

自分が書いたものとは思えないほど、理解に苦しみました。

 

文章もわかりにくいのですが、その時の心情が全くもってわからない。

いやいやいや。

人って変わるものですね。

 

振り返れば、東日本大震災のあった2011年。

メンタルが最底辺にありまして、グダグダでした。

生きるのがつらかったショック

どうにもこうにも。

 

それで夏に、フィンランドへひとり旅に行きました。

フィンランド語もスウェーデン語も話せないし、英語も壊滅状態のわたしが、

ヘルシンキから20時間近くかけて、人里離れた北の果てまで行って、

よく言えば、自分と向き合った。

あの時、自分が何をしたかったのかがわかりません。

結婚以来、というより生まれて初めてのひとり旅。

 

そこで、わたしの人生を滅ぼすのは不安だな、と気づきました。

ひとり旅って、不安だらけなんです。

いまこの瞬間、何者かに襲われたらどうしよう?とつねに考えています。

雨が降ったら? 転んだら? パスポートをなくしたら? お財布を盗まれたら? 

ホテルではなくコテージを借りて宿泊したので、基本誰とも接点がない。

わたしが死んでも誰も探してくれないんだと思うと不安でたまらない。

 

不安が不安を呼び込んで、散歩の最中ですら足がすくむ。

寒々しい原野で、いまここで転んだら致命傷だよ!と脳が警報を鳴らすんです。

そんな簡単に転ばないから。

転んだって大したことないから。

必死で自分に言い聞かせても、次から次へと不安が襲ってくる。

だめ。無理。やめとけ。

文字通り、足がすくんで動けなくなる。

どうしたって前に進めない。

 

フィンランドのキルピスヤルビ付近

 

「不安」にとって一番いいのは、部屋で何もしないでゴロゴロしていることです。

不安ってこれほど、行動を邪魔するものなんだ。

そんなことに気づいたのが2011年ですが、

そこからまだずっとトンネルの中でもがいていました。

長い。

ずっとうじうじして、自分に自信が持てなくて。

 

自分が不安につぶされている、と気づいたのに、

それでもうじうじから抜け出せなかったのは、

自分が人生に何を求めているかがわからなかったから。

 

で、その「欲しいもの」はなんですか? と問われれば、

めちゃくちゃしょうもないのですが、

自分らしく生きること。

 

そこにたどり着くのに、こんなに時間がかかったのは、

自分が何者かがわからなかったから。

 

それじゃあ、自分が何者かと問われれば、

何者でもない、ということ。

 

禅問答みたいですけど、

自分の小ささを自覚しつつ、それでも精一杯、今を生きるってことが大事なのでしょう。

 

フィンランド旅行から帰ってきて、

何かを得たような気がしたのに、人生は全然好転しませんでした。

相変わらず自分に自信がなくて、うじうじしていた。

 

でもここにきてようやく「あれが転機だった」と思えるようになりました。

転機ってそんなもんです。

転機の最中に「これが転機だ」とは思えない。

人生を変えるのには、時間がかかります。

それでも諦めずに、自分が欲しいものを全力で取りに行く。

 

そういう長いスパンで人生をとらえられるようになったのは、年の功でしょうか。

よっしゃ、あと50年生きたる楽しい

 

posted by 今泉愛子(詳細はクリック) | 05:14 | life | comments(0) | trackbacks(0) |