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ライター今泉愛子のブログです
人生にはピークなんてない

40代の頃、人生にものすごく焦りを感じていました。

自分はまだ人生で何もなし遂げていないのに、もう折り返し地点を過ぎてしまった。

このまま終わっていいの?

 

その頃、わたしの人生のピークは14歳だったと感じていました。

あれ以上のことはもうわたしの人生には訪れない。

 

こんな記事も書きましたね。47歳の時。

 人生のピークはいつ来る?

 

走り始めることで、わたしは新たな目標を見つけましたし、今は14歳の時がピークだったとは思っていません。

だけど振り返って思うのは、「ピーク」という考え方自体が成果にとらわれていたんだということ。

 

何かを成し遂げたい。結果を出したい。

ずっとそう思っていたんです。

 

10代は、競技や学業など成果がわかりやすい時代です。

たぶんわたしは、そういう時代に向いていました。

 

だけど就職して、結婚して、子どもを産んで、あれ? 今、わたしは何を成果とすればいいんだろう、と戸惑いました。

それぞれその時代の何かに夢中になってはいましたが、その「成果」が測れません。

目に見える、わかりやすい成果を求めていたので、普通の人生に戸惑いました。

ずいぶんと傲慢でしたよね。普通の人生ってなんだよ。

 

走り始めることで、過去のいろんなことを吹っ切ることができたような気がします。

挫折の歴史だった陸上競技は、栄光の時代があったことも思い出しました。

母との関係で悩んだこともありましたが、それもどうでもよくなった。

 

だけど大きいのは、成果にとらわれなくなったことです。

わたしのマスターズ陸上ライフは、成果を出せているから楽しいのではなく、

成果なんてただの結果だな、と思えるようになったから元気になれました。

 

結果を出すための努力は続けています。

どうでもいいわけではない。

 

だけど昔みたいに、結果が出せないイコール人生の落伍者、とは考えません。

出るときは出るし、出ないときは出ない。

それが人生。

だけどそのギリギリに賭けるのが楽しい。

 

人生にピークなんてなくて、その時、その時を楽しめばいい。

enjoy という単語は、en-joy、つまりjoy(よろこび)の中に入っていくこと。

からだをうまく使えている時のよろこび。

練習でもレースでも、いい感じで走れると苦しくても楽しい。

タイムが悪くても納得感がある、と同時に課題も見えてくる。

その感覚を大切にしたい。

 

いつもいつも「瞬間」に生きていたら、人生のピークなんて考えません。

そんな長い時間を対象にすることになんの意味もない。

つまり「中今」です。

 

本日も頑張ってまいりましょう!

 

 

 

posted by 今泉愛子(詳細はクリック) | 05:26 | 人生 | comments(2) | trackbacks(0) |
としを重ねると感情は摩耗するのか?

昨日は、張り切ってスパイクを持って織田フィールドに行きました。

メニューは、600x3本を想定していました。

だけど、これをいきなりスパイクでやるのは無謀。

なので、流しをスパイクで、600はソーティで、ジョグはペガサスターボと3足持参で臨みました。

アシックス コスモレーサーMD

 

だけど、どうもからだがしっくりこない。

600を走れそうな気がしません。

うーん。

流しをやってもう帰ろうと思っていたら、吉田香織さんが精鋭マラソン女子練をやっているのに遭遇しまして。

「愛子さんも、どうぞ!」と誘っていただきました。

 

メニューは400×20本(r100)ということでしたが、マラソンランナーの100jogは速いんですよね。

無理ムリむりとおもっていたのですが、不意に前向きな気持ちが湧いてきて、よっしゃダメ元でついていこう、と

ペガサスターボのままトラックへ。

設定ペースは84とのことで、これはわたしの1500mのレースペースです。

ドキドキしながら入ったのですが、意外とうまく走れまして。

鬼こみのトラックでややペースが落ちたり、リカバリーが長くなったりもしましたが、

4本走って、これでラスト、と5本目、前に出させてもらって81でフィニッシュ。

皆さんは20本やるところ、乱してしまって申し訳なかったですが、とてもいい感触がつかめました。

まだ完全ではありませんが、少しずつ上向いています。

 

ペガサスターボは、トラックでスピードを出すのには向いていないとわかったことも収穫でした。

まだそこ? という感じですが。

 

ところで、先日酒井順子さんが、年を重ねると感情が摩耗する、と書いておられました。

キスをしても、試合に出ても、若い頃と違うこと(感情は磨耗するのか)

 

恋をしてもスポーツをしても、若い頃のようにドキドキしないのだそうな。

酒井さんはわたしと同世代で、彼女の書くものはわたしにもドンピシャなテーマであることが多いです。
まさにそれ!と思うようなことを書いてくれるので、彼女のエッセイはよく読んでいます。

しかしながら、これにはまったく同意できませんでした。

 

わたしはいまだに、試合にはドキドキしますし、走れないと落ち込みます。
感情は、全然磨耗していません。

 

結果に一喜一憂しないことは、アスリートを続けるためには大切ですが、感情をセーブしてしまうのとは違います。
自分が何をどう感じているかがわからないと、トレーニングもレースもコントロールできません。
感情の振り幅があるから、集中力が発揮できる。

 

わたしは、たぶんその傾向が強いのだと思います。
練習計画を立てることにまったく意味がないくらい、その日その時の体調を反映しながら走ります。
だけど、それは楽をするためではありません。


逃げるつもりもまるでなくて、意識しているのは、目標に達するための最短距離です。

今、追い込んで疲れても意味がないな、とか、今日ムリしたらたぶんどこか故障するな、とか、
そういう感情とも本能とも言えるような何かが、すごく大切。

 

で、昨日は「今日はムリ」と思いながらも、結局香織さんの練習に混ぜてもらって、どっちやねん!とツッコミたくなりますが、自分の直感による判断は大切、だけど、固執しないのもまた大切で。
あ、やっぱ走ろう! と思ったらそれはそれでやってみる。

 

コーチや指導者、あるいは仲間にとっては扱いにくい、理解しがたいと思うのですが、わたしにはきっとそのやり方が合っている、というのが30年のブランクを経て復帰した今のわたしの思うところであります。

 

Be free!

posted by 今泉愛子(詳細はクリック) | 08:05 | ランニング | comments(0) | trackbacks(0) |