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ライター今泉愛子のブログです
現役時代の練習日誌を見てわかったこと その1

過去の練習日誌のページをようやく開く日が来ました

自分史的には敗北の歴史でありまして、見る気になれないし、参考になるとも思えませんでした。

大した練習をしていなかった気がするし、そもそも大した成果をあげられなかったわけで、見ても意味ないし、といじいじしていたのです。

 

でもこのところ、古い競技仲間たちに当時の練習内容を聞いたりしていて、

ふと自分のことも参考にすればいいのでは、と思いました。

 

私は、高校1年後半からどスランプに陥りましたが、高校2年の秋頃からせっせと走るようになり、

高校2年の都道府県対抗駅伝は2区で区間3位、高校3年のあかぎ国体では1500m4位になりました。

4’32”で走っています。

 

その頃、どんな練習をしていたんだろう?

一度見てみよう、とページをめくってみると、それはそれは真面目に努力する18歳の私の姿が楽しい

 

高校3年時、結局800mでは2’16”を切れていないんです。

びっくりです。

だって中学1年の時、2’15”7で走っていましたよ。

 

でも、そんなこと気に病んでいる様子は全くありません。

高校3年最後の800mのレース前は「なんとか16”を切りたい」と素直に抱負を書いていました。

中学1年の自分と比べている気配はどこにもない。

結局2’16”42でしたが気にした様子はなく、次は1500mだと切り替えて、そこからまたせっせと頑張っています

(当時1500mはインターハイ種目ではなく、国体だけだったのです)。

読んでいると、過去の栄光に対するプライドも自分に対する葛藤も何もなくて、本当に無邪気に頑張っていた模様。

 

高校の後輩たちは、みんな口を揃えて「先輩はいつも楽しそうでした!」というのですが、

にわかに信じがたかったんです。

あんなに走れていなかったんだから、楽しかったはずがないと。

 

でも、後輩たちのいうとおりでした。

楽しかったはずがないと思い込んだのは、大人になった私です。

指導者に対する不満も、当時、日記には一切書いていませんし、たぶん誰かに愚痴ったこともなかったと思います。

自分なりに線を引きながら、自分の領域を守っていて、練習メニューもいつからか自分で考えるようになっていました。

 

最近、私は「指導者ネタ」にものすごく敏感なんです。

Twitterなどで見てもすぐにイラっときます。

自分でもナーバスすぎると思っていました。

 

古い競技仲間たちが自分と指導者との関係を、とても温かい想いを込めて語るのを聞いていると、

うらやましくて仕方がないんです。聞いているとなんだか悲しくなってしまう。

 

私は指導者との心温まる交流はほとんどなかったですし、競技成績も総合的にいってよろしくない。

今になって思えば、もうちょっと親身になってくれてもよかったんじゃないの、とか、自分自身に対してももっと他のやり方があったのでは、とつい考えます。進路についてもそうです。

高校の進学先は自動的に決まっていました。既定路線と言いましょうか。

だけど「高校選びに失敗した」「自分で選んで入ったんじゃない」なんて不満も一切書いてありません。

当時から流れに身をまかせるタイプなのです。

大学進学に際してもそうでした。

 

でも、私は全然不幸ではありませんでした。

局所的に迷ったり悩んだりはしたでしょうけど、総じて前向き。総じて朗らか。

 

2’15”で走れないのに、中学1年の自分を追い越せないのに、

あんなに無邪気に頑張ろうとしていたことに心底びっくりしました楽しい

高校時代は最悪だとか、黒歴史だとか言っていたら、18歳の私に失礼です。

 

成長していく過程、年齢を重ねていく過程で、気づくことってありますね。

「あれはこうだったんだ」と、解釈できるようになった時に、自分の不幸に気がついてしまう。

私もそうでした。

 

だけど当時の私は、不満を口にすることなく黙々と頑張っていたわけです。

今の私がわざわざ過去の自分を「不幸」だと解釈する必要はないですよね。

 

大切にしたいのは、その時代に、精一杯がんばっていた自分です。

苦しくてもつらくても、その時代をしっかり生き抜いたんです。

恵まれていたとは言えない環境だったとしても当時はそこで生きていくしかなかったし、

そして今も生きているということは、やり抜いたってことです。

よく頑張りましたよ。

 

不満を口にできなかった自分をかわいそうに思うのではなく、

しっかり生き抜いた自分を、大切にしよう。

 

具体的な練習メニューについては、また今度書きますね。

案外ちゃんと練習していました!

 

posted by 今泉愛子(詳細はクリック) | 17:22 | ランナー時代 | comments(0) | trackbacks(0) |
深尾真美を囲む会と仲間たち

懐かしい仲間たちの再会です。

わたしはそれぞれとすでに会っていて、この会の主催者であります。

 

出席者は、もちろん深尾真美先輩(中央)。

そして左から橋本泰子ちゃん(S&B食品)、私、真美さん、小島和恵ちゃん(川鉄千葉)、横須賀久乃ちゃん(S&B食品)。

80年代の女子マラソン界を背負っていたメンバーです。

 

 

関西在住の真美さんは館山若潮マラソン(10km)に出場されるということで、

東京駅に到着したところをお出迎えして、館山行きのバスに乗るまでの時間、五人でランチしました。

真美さんが懐かしい写真をいっぱい持って来てくださって、なるほどなるほど、みんな頑張ってたんだなあと。

 

こちらは私の一枚。

陸連の伊豆合宿。中列に私がおりまして、後列の美女が深尾さん。

 

和恵ちゃん、久乃ちゃん、泰子ちゃんはわたしと同級生で、

真美さんは、学年でいうと4つ上になるでしょうか。

大学でも重なっていませんから、ずいぶんとお姉さんということになりますが、

もうお互い50代になっておりまして距離は感じません。和気あいあい。

みなさん、久しぶりの再会でしたが、あっという間の2時間でした。

 

真美さんはもうずっと、本当にずっと走り続けておられて、まさにNO RUN, NO LIFE.

素晴らしいですよね。

いろんな葛藤もおありだったと思います。

でも走ることをやめる、という選択肢はない。

 

わたしは「目標ありき」なんです。

目標に向かって走るのが好きで、目標が生き方というか走り方を形づけてくれています。

 

真美さんはもっと根本的なところでランとつながっている感じがするんですよね。

そして「走るのが好き」という自覚があります。

素晴らしいことだと思います。

 

真美さんが「みんな来年は一緒に館山、走ろうよ!」と呼びかけましたが、

わが40年生まれ仲間は「うふふ」という感じでした。

走ることに一番近いところにいるのはわたしですが、距離がね・・・。

 

だけど本当に、こうして楽しい時間が過ごせるようになってよかったです。

歳をとるっていいなあと思います。

 

今、ラインでは40年生まれのグループを作っています。
和恵ちゃん、久乃ちゃん、泰子ちゃんに加えて、
大國美喜子ちゃん、鈴木久美ちゃん、中村朋恵ちゃん、そして倉橋尚巳ちゃん。
尚ちゃんは学年が一つ上ですが、お名前が示している通り、巳年なのです。
1980年の全中の決勝に残っていた6人のメンバー、プラス泰子ちゃん、尚ちゃん。

これもまたすごいこと。

こちらもいろんな語り合いができて楽しい!
日常生活を共にしていないからこそ、気楽に語れる部分がありますよね。

トレーニングの相談にも乗ってもらえるし、とてもいい仲間です。

 

わたしは競技を通じて「集団行動」というものを学びませんでした。

むしろ集団に飲み込まれるな、という方向で頑張っていたように思います。
強いチームに在籍していなかったので、みんなと同じことをしているわけにはいかなかったのです。
「わたしはこうする」というのを常に強く持っていました。
仲間と深いつながりを持っていなかったです。

 

なので、今の競技人生はとても新鮮です。
集団行動にもなじんできましたし(今なら東女体大も大丈夫!)、仲間がたくさんいます。
昔の仲間たちとのライングループもそうですが、
日頃の練習では、わさほさ隊の皆さんととても楽しくやっています。
試合や練習会でご一緒させていただく仲間たちもたくさんいるし、

そして中学や高校、大学の「もと」仲間たち、後輩たちとも新たな関係が始まっています。

 

そしてそして「兵庫」は、私にとってとても大事なアイデンティティです。

マスターズ駅伝もそうですし、元アスリートたちもそう。

過去の競技人生とも繋がりますし、本当にありがたく思っています。

 

現役時代の「集団」に対する拒否反応をすっかり乗り越えた感じ。

というわけで、ますます頑張りたい今日この頃です。
posted by 今泉愛子(詳細はクリック) | 11:02 | ランナー時代 | comments(2) | trackbacks(0) |
鈴木久美ちゃんと再会

北海道・釧路出身の鈴木久美ちゃんと再会しました。

1980年の全日本中学陸上競技選手権以来ですから、じつに38年ぶり。

というかそもそも、その時に会ったきりであります。

 

 

右から、小島和恵ちゃん、鈴木久美ちゃん、わたし。

つないでくれたのは、小島和恵ちゃんで、

「わたし、あと鈴木久美ちゃんに会ったら、コンプリートしそう」と話したら、

田島由紀子さん(卜部蘭ちゃんママ)経由で、久美ちゃんに連絡をつけてくれました。

田島さんは、久美ちゃんと東女体大の同級生なのです。

 

久美ちゃんは現在、小学生の指導をしていて、小学生の全国大会のため

日産スタジアムに来ていました。

 

久美ちゃん、若々しくて、とても元気そうでうれしかったです。

当時の印象では、久美ちゃんはがっちりしていたのですが、とてもほっそり。

東女体大卒業以降のことを聞いたところ、なんと30歳まで競技を続けていたとか!

200mでは、30歳の時に自己新をマークしたそうです。

素晴らしいですね!

 

久美ちゃんがもっているのは、わたしが持参した、中学の保健体育の資料集。

 

 

307がわたし。1が久美ちゃんです。

ちなみに120は、星野有くん。

 

男子800mの端正な写真ではなく、

女子800mの泥臭い写真が大きく扱われているのはなぜ?と

思わなくもないですが、ありがたいことですね!

 

和恵ちゃんとは、新横浜駅でランチして、またまたたっぷりおしゃべり。

そのときに、ジョギングしていて信号が赤になると、本気でムカつく、という

話をしたんですね。

 

わたしが走ってるのに邪魔するな!みたいな感情が一瞬にして湧き上がるんです。

ええい。控えよ!って。

そのたびに「あいちゃん、あんた今ただのおばはん」と言い聞かせていたら、

最近はかなり穏やかにジョギングできるようになりました。

 

和恵ちゃんはどんな感じだろう? と聞いてみたら、

「わたしはやったー! ラッキー! 休めるって思うかな〜」とニコニコ。

「現役時代でも?」

「そうだよ〜。とにかく少しでもラクしたいって思ってたもん!」

 

そう、和恵ちゃんはそうなのです。

明るくほがらか。

わたしも明るくほがらかなんですけど、どこかに野生の感情が宿っておりまして。

 

わたしがジョギング中、車にひかれてもきっと誰も同情しないと思います。

「鹿の飛び出し注意!」という看板の近くで、轢死する鹿と同じ扱い。

文明と折り合えない。

 

というわけで、ここ一年くらいの間に、

横須賀久乃ちゃん、大國美喜子ちゃん、中村朋恵ちゃん、小島和恵ちゃん、鈴木久美ちゃんと

再会を果たしました。

1980年の全中、決勝進出の同級生です。

みんなそれぞれ、自分の人生を楽しんでいます。

 

おばはんの道楽はこれにてコンプリート。

ですが、これからも交流を続けていけたらと思っています!

よろしくね!

 

 

 

 

posted by 今泉愛子(詳細はクリック) | 08:31 | ランナー時代 | comments(0) | trackbacks(0) |
小島和恵ちゃんと再会。

謙虚であれ、感謝しろ、という風潮がどうにも重かった、と書きましたが(「応援よろしくお願いします」

自分で書いていて、それはわたしがもともと謙虚な人間じゃなくて、

目立ちたがり屋だからそう思ったんじゃないか、と思いました楽しい

 

でも厳密にいうと、目立ちたがり屋、というよりも

人目を気にせず自由にのびのびとやるのが好きなんですね。

誰かを好きになったら、その人を見ると思いっきりダッシュして駆け寄っていくタイプです。

計算も根回しも何もない。

こんなふうに振る舞えば、男なんてイチコロさ、みたいな戦略もまるでない。自爆上等。

 

ランナーとしても、振る舞いにおいて枠に収まることがすごくいやでした。

走ることが好き。負けたくない、勝ちたい。

そんな気持ちを抑えて、しおらしく振る舞うのはいや。

 

ところが、ここ数年、男子ランナーと話をしていて、男子って、もっと違う意味で自由だな、と思いました。

決められた枠に抵抗しないけど、そこに収まりきるわけでもない。

適当に合わせられるんだけど、心まで侵略されないという感じ。

 

男子ランナーが、環境や指導者の愚痴を言うのは聞いたことがありません。

そういう人たちとしか話をしていない、ということかもしれません。

厳しさや理不尽さも一つのネタのようなもの。後悔もなさそう。というか、よく覚えてない的な。

メンタルが健全なんですよね。

 

わたしは競技をやめて全封印していたから健全でいられたんですが、

封印を解いて振り返り作業を始めたら、号泣しっぱなし。

あの日、あの時、あの時代を思い出しては、なんであんなに全てがうまくいかなかったんだろう、と

涙に暮れていました。

 

だからここ数年、男子ランナーたちとおしゃべりさせていただいたことは、本当に本当に助かりました。

ありがとう!

 

そして、です。

昨日は、40年生まれの同級生ランナー小島和恵ちゃんとおしゃべりしてきました。

30年以上ぶりの再会です。

11時半に待ち合わせて2人とも10分前には到着して、別れたのは21時50分くらい。

10時間半の自己新です。

 

小島和恵ちゃんは、女子マラソンで2時間29分23秒の日本記録を樹立したこともある名ランナーであります。

オリンピックも目前だったのではないでしょうか。

わたしが和恵ちゃんと一緒に走ったのは、全日本中学と、あかぎ国体。

その後和恵ちゃんは、青森県の木造高校卒業して川鉄千葉に入社。

メキメキと力をつけ、マラソンに進出しての快挙。

しかしとっとと引退してしまい楽しい

そのあたりの話も聞かせてもらいました。

 

私は、ここでも書いている通り、勝ちにこだわるタイプなんですね。

これは誰から教えられたものでもなく、性格でしょうか。

からだが勝手に動くレベルです。

 

だけどここ最近、いろんなランナーと話をしていて、

「勝ちを取りに行く」という感覚がない人もいることに気づいて、

実はびっくりしました。

そうなの???

 

わたしは勝ちたいという野生の本能に加えて、目標に対してはとてもストイックです。

どんな時も目標をきっちり定めて、アプローチをものすごく考える。

半年、一ヶ月、一週間と、細かく分けていきながら、どうすれば目標に到達するかをせっせと計算します。

 

今もそうですね。

先日の東海マスターズで2分40秒が切れなかったのは、かなりの誤算です。

自分的にかなりイラっときました。

 

私みたいな人ばかりじゃない、そんな単純なことに、

現役時代、気づいていませんでした。

わたしは、マイワールドにハマるので、他人と自分を比べる機能があまりないんです。

それはいいところでもあり、悪いところでもあります。

 

和恵ちゃんと話をしていてわかったのは、和恵ちゃんはもっと大らかってこと。

なるようになるさで、私みたいに自分を追い込みすぎない。

「オリンピックに出たい」というのもあまりなかったとあっけらかんとしています。

 

3000mを走っている時も、とりあえず2000mまではついていこう。

2000mまでいけたら、あと一周頑張ってみよう。

そんな感じだったと言います。

 

マラソンで日本記録を出した時は、そんな自身のいいところが出たレースだったとか。

なるほどな、と思いました。とても納得がいったんです。

 

記録にしろ勝利にしろ、自分のいいところがピタッとハマった時に出るものなんですよね。

人類共通の成功の法則なんてものはないし、運も必要です。

 

和恵ちゃんは、男子たちの聡明さと同じ。

偉そうぶるでもなく、卑下することもなく、枠にはまることもなく、枠に抵抗することもなく。

そうやってのびのびと才能を開花させたのですね。

 

いろんなアプローチがあります。

わたしはわたしなりのアプローチをしていくしかないのですが、

突き詰めすぎず、一歩引いた目で向き合っていけたらと思ったのでした。

 

iPhoneImage.png

夜の恵比寿駅。

 

 

 

 

 

posted by 今泉愛子(詳細はクリック) | 10:19 | ランナー時代 | comments(6) | trackbacks(0) |
懐かしい仲間からのメール

先日、同級生ランナー山口県の中村朋恵ちゃんがメールをくれました!

全日本中学選手権の決勝で一緒に走りましたよね。

 

大國美喜子ちゃん、横須賀久乃ちゃんに加え、朋恵ちゃんとも繋がりましたので、

小島和恵ちゃん、鈴木久美ちゃんもどうしているだろうか、というところ。

兵庫の後輩、布村直子ちゃんもいましたね。

あと一人決勝に残っていたのは、山菅篤子ちゃん。

ほっそりとした美人さんでしたよね。

もし見たらメールくださいね。

 

朋恵ちゃんからは、当時はちょっと怖かったと言われたんですが、

たしかにあの頃、同級生とは「わたしは違うのよ」的なスタンスがあったかもしれませんね。

許して。

 

そういう時代を乗り越えて、今さら繋がったからなんなんだ、という話でもあるのですが、

まあ、おばはんの道楽ってことで楽しい

 

だけど、なんでしょうね。

道子先輩もそうですけど、敏子先輩や泰子ちゃんも、

話をするととても楽しくて、どこか何か価値観が共有できるんですよね。

 

みんな視点が高かったり広かったり、

人を上に見たり下に見たりしないし、

お付き合いしていてとても楽しいです。

 

朋恵ちゃんにとって道子先輩は「神」だそうで、それはまさしくそうです。

だけど一緒に食事をしていて、ふと気づくとわたしが上座に座っていたりして、

数日後に「はっ」とするのですが、でもわたし自身、道子先輩には尊敬と愛があります。

 

道子先輩に限らず、敏子先輩も泰子ちゃんも、

お互いのやってきたことや、考えてきたこと、迷ったり悩んだりしたこと、

栄光と挫折、運と不運、努力と希望、そういう話をいつもするわけではないけれど、

感覚をなんとなく共有できて、だから落ち着く。

 

深尾真美さんともLINEで繋がっていてたまにご連絡するのですが、

やっぱりそこにも尊敬と愛があるんです。

 

かつておしゃべりしたこともないのに、

ただ一緒に走ったことがあるというだけで、なぜここまで心地いい関係になれるのか。

ほんと不思議です。

 

そういう中でわたしはやっぱり、競技的にはちょっと変人なのかな、と思ったりします。

だけど、だからと言って距離を置かれたりしないから、うれしい。

 

美喜ちゃん、久乃ちゃんとはまだゆっくり話せていませんが、また今度ゆっくりと。

 

朋恵ちゃんは「妻鹿久美子」で検索してたどり着いてくれたとか。

どこかでまたどなたかと繋がれたらうれしいです。

繋がることに深い意味はないので、気楽にメールをいただければと思っております!

 

iPhoneImage.png

 

すごく古い教科書の表紙。

307は、わたし。

フォームがめちゃくちゃ。

1は、鈴木久美ちゃんですね。

 

直木賞作家の桜木紫乃さんをインタビューした時、

久美ちゃんと中学の同級生とわかり、お聞きしたら「いつも走っていましたよ!」とおっしゃっていました。

釧路の大地を黙々と走る久美ちゃんを想像して「頑張ってたんだなあ」としみじみしました。

 

 

posted by 今泉愛子(詳細はクリック) | 09:52 | ランナー時代 | comments(2) | trackbacks(0) |
成功が不安に変わる時

わたしは、有名人として生きることに失敗したな、とたまに思うことがあります。

中学、高校時代ですかね。

それを今も引きずっているところがあります。

 

「有名人」であることは、いけないことのように思っていて、

わたしの知らない人が、わたしのことを知っている状況に、ずっと馴染めませんでした。

 

日曜日に三宮に出かけて翌日学校に行くと、「三宮に行ってたでしょ」と言われたりするわけです。

電話で「付き合ってください」と言われて、「わたし、部活が忙しくて時間がないの」と断ると、

翌日「石原愛子は、陸上にしか興味がないらしい」と、男子に茶化されたりとか。

 

どういう顔をして生きていればいいのか、素直に戸惑っていました。

目立つことをすると「イキってる」と言われてしまうし、

「恵まれてる」「ずるい」的な指摘は、よくされましたが、自分としては何がずるいのかがよくわからない。

もっと堂々とすればよかった気もしますし、さらにもっというと、何も気にしなければよかったです。

 

わたしの心のどこかに、弱さがあるんですよね。

いけいけどんどんの強さがあるのに、ふと自分はひとりぼっちなのでは? と寂しくなる。

 

わたしには「自分は目立ちすぎているのではないか」という不安回路があるんです。

そんなことだと好きな男子から嫌われる、とか、女友達から距離を置かれる、とつい思ってしまう。

だから自虐ネタが好きだし、わたしの「できない部分」「ダメな部分」に気づいて欲しいと思いがち。

「すごい!」と引かれるより、「本当におまえはダメだなあ」と優しくしてほしい。

ちょっと甘いというか、弱いというか、ナルシストというか。

 

人それぞれ「不安回路」をもっています。

他人の目が気になります。

わたしの場合は「成功を維持する」ことが難しい不安回路です。

チャレンジャーであるときは、めちゃくちゃ強いのに。

 

「成功を妬まれる」という状況をつらいと思いがちなのですが、

それ自体が自分の思い込みで、自分が思うほど、誰も妬んでなんかいません。

「ちっ」と一瞬思ったとしても、そんなの一瞬の話で、その人はまったく別の人生を生きています。

成功を祝福してもらえなくてもそんなのどうでもいい話で、わたしが自分で自分を祝福すればいい。

そういう弱さを克服していかないと、前に進めません。

 

何度も書きますが、全国優勝した時に、母にがっかりされたことにいまだに傷ついていて、

成功した瞬間、他人は手のひらを返すんだ、と学んでしまったんでしょうか。

 

だけどその不安回路を手放さないのは、わたしの意志です。

力の限り思い切りやりたい、やりきりたい想いと、「ほどほどにしとけ」という想いがしのぎを削る。

 

成功してもなおアクセルを踏み続ける強さは、どうすれば身につくのでしょうか。

でもそれはおそらく、課題として背負うことではない。

ただ無心に、走り続けよう。

 

posted by 今泉愛子(詳細はクリック) | 07:31 | ランナー時代 | comments(0) | trackbacks(0) |
遠くから自分を見る

昔の競技仲間と話をしていて、自分をどう見せるか、という話題になったことがあります。

レース前、ライバルたちに自分をどう見せるのか。

 

「強気の自分を演出する」という話を聞いて、かなり驚きました。

レース前でガチガチに緊張しているけど、それに気づかれないよう振る舞う。

故障で足の状態が十分でないけど、万全の状態であるかのように見せる。

 

そんな話を聞くと、そこから勝負が始まっていたのか! という感じです。

わたしは自分をどう見せるかに気を配ったことがありませんでした。

 

たいてい試合会場では夢遊病患者のように、ぼんやりしていて、

あまり周囲に注意を払っていませんでした。

 

「愛子ちゃんは、アップ短かったよねー」と言われたりすると、え、そうだった? という感じ。

そもそもアップの仕方などよくわかっていなかったのだから、

もっと周囲に注意を払って参考にすればよかったんじゃないの? と思うのですが、

どっぷりマイワールドでした。

 

コールが終わって、スタートラインまで引率される時は、だいたい一番前を歩いていた気がしますが、

それとて「強気の演出」というよりは空気を読まなかっただけ。

「なんじゃこの中学生」状態だったかも。

 

よく言えば「無心」で、それが強みでもありましたが、一方で、自分を客観的に観察するのはうまくありませんでした。

私を利用したい人がいたとしても(たとえば、よくわからないお風呂の宣伝に名前を使われたりとか)、

それはある意味仕方のないことで、じゃあどう対処するかって話です。

ところが、そういうことにいちいちがっくり落ち込んでいましたね。

 

スランプに陥った時もその状態に溺れてしまいました。

もう少し引いて見ていれば、そういう時期もあるとわかるのですが、もがくだけもがいてうまく対処できませんでした。

 

たとえば、中学時代、800mランナーとしてやっていても、

スピードが足りなければ高校からは1500mをメインにしたほうがいいです。

指導者があてにならないと分かれば、適当に聞き流して、自分でやったほうがいいです。

 

自分を客観的に観察できないと、そういう判断ができないまま、自分の「不幸」に酔ってしまうんです。

こんなに頑張っているのに、なぜこんなことになるのかと立ち止まってしまう。

それでは対処できません。

 

自分を客観的に見れないから、自分の不幸を過大評価してしまって、そんなん誰にでもあることやで、と思えない。

 

この傾向をわたしはいまだに引きずっている気がします。

 

でも最近、気づいたことにわたしの競技仲間たち、そうやってしっかり自分を見つめていた人たちは、

自分の不幸に溺れません。

愚痴ることなんてほとんどないし、人の悪口をいうこともまずない。

優しくて強いんですよね。

 

わたしはせっかくあんなに一生懸命、走っていたのに、そのあたりのスキルをちっとも磨いていませんでした。

これは母の影響もあるかな(出た、おかんの悪口)。

謙虚であることを最大の美徳とする母だったので、自分を客観的にみることより、

主観的に「自分はまだまだだ」と思うことを、かなりしつこく教えられていました。

わたしがその殻をとっとと破るべきだったと思います。

 

だけど、今からでも遅くないですよね。

自分を遠くから見る。

ちょっと心がけてみます。

 

 

 

posted by 今泉愛子(詳細はクリック) | 07:03 | ランナー時代 | comments(0) | trackbacks(0) |
「嫌われない」より大事なこと

全日本マスターズで、大学の陸上部の同級生と会って話をしていた時に、

「わたしが、こんなにストイックに頑張る人だって知らなかったでしょう?」と聞いたんです。

 

大学時代も、わたしは体調が整いませんでした。

疲れやすくて、疲労が全然取れない状態で走っていました。

明らかに太り過ぎでもありました。

 

そんなわけで、ちっとも真面目に練習しなかったんです。

文句も多かったですよね。

1年くらいは体調不良で休部しました。

 

わたしは、ものすごく目標志向が強いですし、執念深いですし、

とにかく全身全霊で突き進む、的なところもあるのですが、

大学時代は、そういう部分をほとんど出さないまま終わってしまいました。

 

後悔はありませんが、ふと同級生にそんなことを言ってみたくなりました。

なんとなく不本意だったんです。

競技の不甲斐なさもそうですが、お気楽でわがままな女子選手と思われていることが。

 

なのですが、同級生は軽く「そうだね」って。

「わたしは、本当はもっと頑張る人なんだよ!」と、

わたしのことをちょっとは見直してほしい、くらいの気持ちがあったんですよね。たぶん。

 

なんだけど、言ってみてわかったのは、

今さら「ストイックに頑張る人だ」と知ったところで、わたしへの評価というか感情は、変わらない。

わたしとしては、わたしの本質はそこだ、と思っているのですが、

周囲は、もっと別のところで、もっと感覚的にわたしのことを捉えている。

 

誰しも周囲の目が気になります。

二次会を断ったら、付き合いの悪いやつと思われるんじゃないか。

目の前の座席が空いたけど、あっさり座ったら「この人若いのに」と思われてしまわないか。

本当はもっとオシャレしたいけど「張り切りすぎ」と思われたらどうしよう?

 

周囲の目が気になるのって、わりと小さな範囲なんですよね。

目の前の事象にとらわれて、小さなグループの中での自分の地位をあれこれと考えてしまう。

 

だけど、そこに本質はない。

いつも参加していた二次会に行くのをやめたところで、

周囲からの評価は大して変わりません。

 

あの人のこと、なんとなく嫌い。

そのなんとなくを、言葉で説明すると、

「だって練習、ちっとも真面目にやらないし、生意気でしょ」なんてことになりますが、

それはどちらかというと後付けで、そもそも「なんとなく」なんです。

きっと。

 

だから、自分がどう思われるか、ということをさほど気にする必要はなくて、

行動を変える必要もなくて、全てもうバレてます。

 

自分は誤解されているのではないか。本当は、そうじゃないのに。

ふと口にしたたった一言で、自分は嫌われてしまったのではないか。

 

そういうことを気に病むのが人間ですが、

ぜんぜん気にする必要がない。

 

みんなもうわかってます。

その「わかっている」部分が、自分勝手だったり、小心だったり、

意地悪だったり、暗かったり、というどちらかというと欠点だったりする場合もままあります。

 

それも、諦めるしかありません。

今さら一気に覆すのは難しく、

頑張って、クラス会の代金を「奢る!」と言ったところで、

評価は大して変わりません。残念ながら。

 

だけど、だとしたら、周囲の評価にこだわることをやめるのが一番です。

自分がどう思われているか、を気にしない。

 

だって自分勝手だったら、嫌われるかというと、そんなことはないのです。

自覚のない自分勝手は嫌われますが、自覚があれば、そこまで嫌われません。

 

被害者意識の強い暗い人は嫌われますが、私ってちょっと暗いんですよ、とわかっている人は

そこまで疎んじられません。

 

人の評判を気にして、気にしすぎて、自滅するより、自分の欠点を知った上でライトに開き直る。

 

わたしも30年くらいずっと、なんとはなしに「いい加減なやつ」「わがままな選手」

だと思われてるんだろうな、とうっすら気にしていました。

でも、そこに本質はなかった。

いい加減で、わがままなところがあるのは事実です。

でもそれは全体ではない。

 

高校の同級生が、最近、立て続けにFacebookで、

「愛ちゃんは、高校時代、輝いていたよ」と言ってくれまして。

二人とも陸上部の人ではありません。

 

ぜんぜん輝いてません。ダメダメだった。

それが事実ですが、クラスメートは必死でもがいていた姿を見てくれていたのでしょうか。

「期待されていたのに、イマイチ」というのが、高校時代のわたしの自己評価です。

最後なんとか国体4位まで持っていきましたけど、満足できてはいません。

だからもう思い出したくもなかったし、ずっと誰にも会いたくなかった。

でも周囲は当時もっと全体で受け止めてくれていたのかもしれません。

 

高校の後輩たちは、みんな口を揃えて「愛子先輩はいつも楽しそうだった」と言います。

ほんまかいな! あんたらわたしの苦悩をわかってへん!

と思いたくもなったのですが、きっと毎日楽しそうにしていたのでしょう。

だから後輩たちは、わたしのこと「残念な人」などとは思っていなかった。

 

30年以上も経って気づいたことで、当時のことはもういいんです。

その教訓を今に活かすとしたら、

自分がどう思われているかを、気にするな!ってことです。

些細なことで、自分の評価が上がったり下がったりすると思いがちですが、

そんなことはありません。

たまに派手な服を着ようと、二次会を断って帰ってこようと、大して変わらない。

思うように今を生きろ。

 

 

posted by 今泉愛子(詳細はクリック) | 07:26 | ランナー時代 | comments(0) | trackbacks(0) |
苦しさと戦う時に必要なのは、自分の世界をもつこと

ランナーだった頃、苦しい練習をしている時はいつも

「ここで諦めたらもう先はないんだ」と思ってがんばりました。

ここでとどまるのか、それとももっと先を目指すのか。

つねに二者択一。

曖昧な部分を残さないで、がっつり自分を追い込む。

どうするの? がんばるの? がんばらないの? 

やめるの? やめてしまっていいの? 

そうやってキリキリと自分を絞りあげる。

ある種のマゾだと思うのですけども、

中途半端にただこなすだけ、適当に手を抜いて、ということはしませんでした。

いつだって崖っぷち。

 

ライターとして原稿を書いていても、すごく苦しい時があります。

「書けない!」と投げ出したくなることがたまにある。

インタビューでうまく話を聞き出せていなかったり、

テーマに対して今ひとつ深くのめりこめていなかったり、

単純に筆力不足であったり。

 

そういう時も「ここで諦めたら先はないんだ」と思って踏ん張ります。

いい加減にまとめてしまいそうになっても、そこでキリキリと自分を追い込む。

 

ライターになって、最初は短い原稿しか書いていませんでした。

レストランを取材に行って、200字くらいの簡単な紹介文を書く。

 

それが一店だけなら、楽勝ですが、

パスタの美味しい店10店になってくると、書き分けないとなりません。

でも美味しいパスタの表現方法なんて限られているので、

油断すると、10店の違いが感じられない文章になってきます。

そこでどこまで粘れるか。

 

それができるようになると、今度は500字の文章の依頼が来るようになります。

500字という間をどう持たせるか。

1000字になるとどうか。

一冊だとどうなるか。

 

そうやって、とにかく必死に粘って、自分を追い込んで、それで、少しずつ進歩してきました。

ライターとしては、ランナーとしてよりもへっぽこですけど、それでもそれなりに頑張ったかな。

だから、今がある。

 

人間関係の苦労も少しはありました。

この業界は、いろんな人がいますし、アクの強い人も多いです。

いい顔だけをしていたら、乗り越えられない。

自分が潰される。

だから少しずつ少しずつパワーアップして。

 

いつも懸命に未来を見てきたと思います。

今の苦しさが未来の自分を支えるということを明確に意識していました。

自分がどうありたいかをつねに考えて、ここで負けたら終わりなんだな、と思って粘った。

 

わたしは、自分の世界をはっきりと持っていて、

そこの世界では、わたしは女王です。

誰にも口出しはさせないし、自分の思う通りに物事を進める。

自分の好きなものだけと接して、好きな音楽を聴いて、お気に入りの香りを漂わせる。

快適で居心地がいい空間。

そういう世界を、どれだけ自分で構築できるかだと思います。

 

ランナーの世界でいうと、男子選手は、女性のサポートを求める人もいると思います。

生活を全面的にサポートしてもらって、優しく、時に厳しく励ましてもらって。

女子選手は、指導者とそういう関係になることも多いですよね。

 

ただそういう関係は、時にいびつになってしまうこともあるのかな、と思います。

支配・被支配の関係になってしまう。

 

わたしの場合は、ずっとひとりでした。

頼れる人がいれば頼ったと思うのですが、いなかった。

だからこそ自分の世界を確立できました。

 

日常は、ゆるゆると暮らしています。

家では、いつもご機嫌な奥さんです。

 

でもそういう世界をもっているから、苦しさと戦える。

いつも笑っていられる。

 

走るようになってまた、自分の世界、というものを意識できるようになりました。

心からくつろげる自分の世界をもっているから、わたしはいつもハッピーでいられるんだと思います。

 

posted by 今泉愛子(詳細はクリック) | 02:51 | ランナー時代 | comments(0) | trackbacks(0) |
人生は儚いもの 反省なんて活かさなくていい。

レースが終わったらきちんとコースに向かってお辞儀しろ、

という指導を間違っている、というわけではありません。

鉢巻を忘れるのは、気合が足りないからだ! と怒るのもいいんです。

 

指導って、たぶんそういうものだと思います。

感謝とか規律とか、大事です。

わたしの例でいうと、指導を受ける側、つまり自分が注意すればいいことなんです。

「わたしは、ちょっと特殊なんだな」と。

とはいえ、皆さんがおっしゃる通り、わたしに東女体大はムリでしたよねしょんぼり

 

集中について語っていますが、それではどのレースもすべて集中していたのかというと、

そんなことはありません。

集中の度合いはレースによって異なりますし、

たいていのレースはそこまで消耗していないので、

お辞儀もちゃんとやっていました。

 

中三の時は、一年で一本もそこまで集中して走ったレースはなかったかも

(自己記録も更新できませんでした)。

原因は、ライバルの不在ですよね。

さほど集中しなくても勝てる状況だったのです。

ドーパミンが出ない。

 

中二の時は、頑張りました。

瀬渡加奈子先輩がいてくれたことが大きかったです。

たしか、勝つ時は僅差、負ける時は大差だったと思います。

つまり負ける時はもうはなから走れていません。

ちゃんと集中してないんです。

やはり、そこまで集中して毎回毎回走れるものでもない。

かなり体力を消耗しますし。。。

要するに、単純な走力ではまったくもって瀬渡さんに追いついてなかったと思います。

 

これもね、よく注意されたんです。

走れる時と、走れない時の差がありすぎると。

だけど「一本一本ていねいに走れ」とか言われても、それはムリってもんよ。

 

合宿などでも全然走れなくて、不思議がられましたが、

だって、それは「練習」やねんもん。

レースちゃうやん。

 

と、こう書いていくと、ほとほと指導者にとっては難しい選手だったんだな、

ということがよくわかります。

しかもシューズはスケッチャーズでご機嫌ですし(これは今の話ですが)。

そんなんで、熱心な指導者がムッとしないわけがないし、

大学時代、あんなに温厚な部で「やりにくかった」というのは、

わたしがいけませんね。

なんやねん、こいつ、って感じですよね。

 

わたしは、自分のランナーとしての特性を、これまでまったく理解していませんでした。

イヤらしい言い方をしますが、自分を「すごい」とも思ってなかったです。

速いという自覚すらなかった。

 

だから、自分と人を同列に語ることがあって、その態度は、きっと不興を買っていたのかも。

イラっとされるのはそういう時です。

「そんなにいっぱい練習するの?」と単純に尋ねてしまったりするので、ムッとされますショック

今もちょっとその傾向がありますよね(ごめんなさい)。

 

競技場で、自分が知らない人がわたしのことを知っていると、すごく戸惑いました。

なんでこの人、わたしのこと知ってるのかな?って感じです。

手紙をもらうと単純にうれしくて、電話番号を聞かれてもひょいひょい答えていました。

 

試合会場では基本テントから出ませんから、外の世界を知らなかった。

そりゃ、わたしだって水口東の田原さんがかっこいいことくらいは知ってましたが、

せいぜいその程度。

 

純粋培養の弱さというんでしょうか。品種改良していない古代小麦ですよね。

天候不順で簡単にやられてしまう。

 

道子先輩がわたしのことを「猛禽類のヒナ」と評したのはまさしくその通り、と思います。

 

これまでずっと、もうちょっとなんとかできなかったのかな、という思いに苛まれてきました。

ずっと辛かった。辛すぎて蓋をしていました。

栄光よりも挫折にとらわれていました。

 

多くの人の競技人生は、後半になるほど苦しい。

それをどう清算するか。

 

わたしはもうがっつり振り返ってしまいました。

ある人から言われたんですが、

わたしの場合「首だけ曲げるんじゃなくて、体ごと後ろに向き直るから、そこはもう後ろじゃない」らしい。

この振り返りが、人生の役に立つのか。

 

あのね、それは役に立ちません。

なんだろう。

そういうふうに考えることが嫌い(やっぱりヒナですね)。

この振り返りを今後の人生に役立てよう、とか思わない。

 

でも、そうですね。

陸上競技関係者と話ができるようになったのは、大きな財産です。

中学や高校、大学の同窓生たちと普通に話ができるようになったのも、

わたしが競技人生を振り返ったことが大きいです。

これまでずっと頑なに拒否していました。

 

だけど、反省が何かを生むとは思わない。

人生ってもっと儚いもの。

どれだけ失敗の原因を探ったところで、またおんなじ失敗をするのが人間です。

そういうところにいとしさを感じる。

どれだけ賢くなったって、試練はいつも形を変えてやってきます。

過去に意味があったとか、未来に役に立つとか、

そんなことより、今を楽しく生きることが大事。

 

高校時代のこと、2つ下の後輩も1つ下の後輩も同級生も、

みんな口を揃えて「楽しそうにしていた」と言います。

あんなにどん底だったのに。

でもきっと今を楽しく生きていたんでしょうね。

これからもそうしよう。

 

最近、マスターズで走り始めましたが、

まだ、集中できる状況ではありません。

それができるほど体が仕上がっていません。

 

そもそもおばはんが、そこまで集中できるのかどうか。

どうなんでしょうか。

それはもはやどうでもいいですね。

楽しく走れればいい。

 

ちなみに、集中力云々の話は競技人格です。

仕事や家事は、普通にこなしていますし、

まあまあ普通のお母さんで、ライターとしては普通に真っ当な仕事人です。

 

でも、なんとなく、わたしは今後、競技人格優位になっていく気がする。

それが何を意味するかはわかりませんが。。。

人生が破綻しないといいのですが、たぶんそれは大丈夫でしょう。

 

というわけで、本日は神戸で兵庫県人会。その前に、ちょっとランも。

楽しみ楽しい

 

 

 

 

 

posted by 今泉愛子(詳細はクリック) | 07:18 | ランナー時代 | comments(0) | trackbacks(0) |