長いこと、私のなかにくすぶっていた不満というのは、
母にまつわることでした。
たぶん小学校に入る前からだったと思います。
母のことが好きではなかった。
一方で、アニメに出てくる優しいお母さんに憧れました。
ヒミツのアッコちゃんも魔法使いサリーちゃんも、
アタックNO.1の鮎原こずえもエースを狙えの岡ひろみも、
みんなみんな優しいお母さんに愛されていて、
うらやましくて仕方がなかったです。
小学2年生の時、参観日前に担任の先生が「お母さんの絵を描きましょう」
と言いました。参観日が母の日だったんです。
私は、ユキちゃんという友達のお母さんの絵を描きました。
いつも優しくて、ニコニコと笑っていたユキちゃんのお母さんは、
私の理想のお母さんだった。
参観日には、子どもたちが描いた絵が教室の後ろに貼りだされていました。
家に帰った後、母は不思議そうに「あれって、お母さん?」と
聞いてきました。
返事をしませんでした。
その少し前のことでした。
学校からの帰り道に、とてもきれいに咲いているタンポポを見つけたんです。
葉っぱのぎざぎざの鋭角がとても冴えていて、茎は太いストローのように立派で、
厚みのある黄色い花をしっかりと支えていました。
8年間の人生のなかで見たもっとも立派なタンポポでした。
野の花はしおれるのが早い。
私は、そのタンポポを摘んで、思い切りダッシュして家に帰りました。
もちろん母に見せるためです。
ところが母は、タンポポを一瞥してこう言いました。
「お母さんはこういうことをしてくれてもちっともうれしくないの。
この花はお母さんに見てもらうために咲いたんじゃない。
道を歩くたくさんの人を喜ばせるために咲いてるのに」
悲しかったですね。
もう摘んでしまったのに。
母に喜んでもらいたいという私の気持ちは
1ミリも受け止めてもらえませんでした。
何をしてもほめてもらえない。
もっとがんばれ。まだ足りない。やり方が悪い。
叱咤激励ばかりで、ほっとさせてくれない。
幼くて自分よりも劣っている弟や妹はほめられるのに、なぜ?
とても傷ついていました。
中学に入って、陸上競技を始めました。
私は、入部早々からメキメキと頭角を現し、
中学1年で県総体で優勝。
そして3年では全国大会で優勝しました。
ところが、母の第一声は、
「もう、いいお家にお嫁にいけないわね」
がっかりとしたようにため息をつかれました。
そんなお転婆な娘を嫁にもらってくれないだろう、
というわけです。
悲しかったですね。
高校に入って、私はスランプを経験するのですが、
母の関心を引きたかったのではないかと思います。
優秀だと、ほめられない。
ダメだと、同情してもらえる。
それが、母との関係で学んだことでした。
表面上はずっと仲良くしていました。
結婚してからも2人で買い物に行ったり、電話で長話する仲でした。
だけど他愛もないことで、母が私に注意すると、
私は烈火の如く怒り狂うんです。
「うるさい!」「やめて!」「自分が何様だと思ってるの!」
母は、娘をしつけなくてはならないと思っているんですよね。
その使命を片時も忘れない。
周囲が私をほめると、いつも渋い顔をしてお小言。
「あなたは大した人間ではない」
「つねに感謝の気持ちを忘れずに」
「おごるな」
「謙虚であれ」
この屈辱が忘れられずに、そっくりそのまま言い返すわけです。
「謙虚さが足りないのは、お母さんでしょう」
「親だからって、そこまで言っていいとは思わない」
「私なんて世間から見れば、めちゃくちゃいい娘だと思うけど?」
自分でもわかっていました。
私は、母を前にすると、いつもの私ではなくなると。
明らかにおかしくなる。
イライラして、そのイライラに潰されてしまうわけです。
アダルトチルドレンという言葉が出始めた時、
自分もそれかと思って読んでみたのですが、ちょっと違いました。
私の家族は、機能不全とまではいかないんです。
徹底的に痛めつけられたわけではありません。
衣食住は、十分に足りていました。
叩かれたこともありませんし、
「おまえなんて、いなければいい」と言われたこともありません。
むしろ私が繊細すぎる。
それごときで。
何を甘えてるんだ?と自分に語りかけてもみました。
社会生活が送れないほどの傷ではない。
人間関係も良好の保てるくらいの明るさも前向きさもある。
自分の子どもにも私なりに十分な愛情を注いでいる。
でもでもでも!
なんですよ。
タンポポを手にがっくりと肩を落とした少女が、
成長しきれずに、時に怒り狂うんです。
私が結婚する時に、
母は「あなたはもうあんなに輝くことはないのかな」と
寂しそうに言ったんです。
びっくりしました。
日本一になったことを喜んでくれなかった、と
私は記憶していましたから。
だから聞いたんです。
「お母さんは、私が日本一になってうれしかったの?」
「当たり前でしょう」
と誇らしげに言われて、がくっとしました。
私が抱えていた絶望感って何だったんだろう。
それが20年くらい前のことです。
だけど私は、それでも自分の記憶を塗り替えようとしませんでした。
「母が私のことを苦しめた」ことをずっと忘れないようにしてきた。
これって、何なんでしょう。
もしかすると、私自身がそれを「言い訳」として使っていたのかもしれません。
私のなかの絶対に成長したくない少女。
私は、その子をずいぶんと長い間持て余しつつも温存していたわけです。
客観的に見て、母はヘンな人ではないし、
私への態度も「普通」の域からはみ出すものではない。
何度も何度もそう言い聞かせても納得できなかった少女。
かたくなになり、いつまでも許せない心理的なメカニズムには
気付いていました。母が悪いのではなく、自分に原因があると。
スピリチュアル的な処方箋もありますよね。
その「幼い子」を自分で慰めてやれ、とか言うんです。
でも納得できない。どうしても満足しない。
わかっているけれど、できない。
つまり私自身が、その感情を手放すことを拒否していたわけです。
人の心って、学問でもスピリチュアルでも解明できません。
この春休みに、母が甥や姪を連れてわが家に泊まりにきました。
母が帰った後、私と母のやり取りを聞いていた息子に、
叱られました。
「自分の親に対して、ああいう態度はどうかと思うよ」
わかってるんです。わかってますよ。私だって。
ずっとそう思っていましたよ。
でも、嫌い。認められない。
ずっとその繰り返しだったのですが、
ふと「あれ?」と思ったんです。
私が息子からあんな言い方をされたら、絶対に怒ると思います。
「何様だと思ってるの?」と。
成人していたら、遠ざけると思います。
だけど母は、私が毒つくと黙って聞いています。
これってありがたいことじゃないか、と思ったんです。
私は、はるか昔に母から傷つけられたと怒っているけれど、
母は、私がいま傷つけていることに対して怒りません。
あれ?
もしかして、理不尽なことをしているのは私じゃないの?
それまでも薄々気付いてたんです。
でも納得できなかった。
たしかに母は私のことを愛してくれたけれど、
私の望む愛し方ではないとゴネていたんです。
目の前のことをほめなかったのは、
もっと大きな先の期待をしていたからかもしれません。
母自身の不安や嫉妬をぶつけてくることもあったでしょうね。
でも、愛情がなかったわけではありません。
あれもそれもこれも含めて親子です。
息子のひと言に、何か大きな意味があったとは思いません。
ただのきっかけですよね。
私は、あの少女を手放すきかっけをずっと待っていた。
手放す準備は、ずっと前からできていたのかもしれません。
このところ私は、自己顕示欲が弱いだのなんだと書いています。
自己顕示欲が弱いのは、母のせいだ、なんて書いていません・・・よね?
じつは自分は、ほめられたことがない→自己肯定感が弱い、
タイプなのかとも思っていた時期もありましたが、
そこまで自己肯定感の弱いタイプではないんですよね。
スピリチュアル本や自己啓発系の話に多いのは、
何かのきっかけで、自分が大きく変わること。
何かに気付いた途端に、生きるのがラクになったとか、
考え方を変えるだけで、積極的になれたとか。
そんな簡単なことではないと思います。
方法に頼ってはダメなんです。
私も、何を隠そう、スピリチュアル本も心理本も
自己啓発色の高いビジネス書も読みました。
自分を変えたいと思ったからです。
母のことも含めて、変わりたいと思っていました。
だけどあれこれ読むうちに、自分はそう簡単には変われないだろうと
気付いたんです。
周りを見ていても、劇的に変わる人っていません。
そんなのは、マインドコントロールと呼ばれるような怪しい世界だけです。
だからむしろ「あせるな」と言い聞かせていました。
本を読もうが、映画に感動しようが、いい人と出会おうが、
突然、自分が変わるなんてありえない。
よく「体験談」などには、突然変わった例が書いてあります。
あれは、商売だからそう書くだけで、実際はそんなことはないと思います。
もし私が、女性誌の「母と娘」特集の取材を受けたとします。
ライターが「お母様への想いが変化したきっかけは何ですか?」と聞く。
「何気ない息子のひと言です」と答える。
すると記事の見出しが「何気ない息子のひと言が私を変えた」となる。
わかりやすく表現したいんですよね。
でもそれは、本質とはずれている。
出版でもテレビや映画でもそういうところがあります。
以前、ある小説を読んでいて、主人公が恋に落ちていく描写に
感動したことがあるんです。
どこで、どうして、好きになったかがわからなかった。
どういうきかっけだったのか。
男のどこに惚れたのか。いつ惚れたのか。
知らない間に恋に落ちていた。
その描き方がうまいなあと思ったんです。
人間ってそういうものだと思います。
あとで、あれがきっかけだった、と思うシーンはあるかもしれません。
でも、気持ちってそんなに劇的なものではないと思います。
劇的だと思いたくなるけれど、人の気持ちはすぐには変わらない。
でも時間をかければ変わります。
その鍵を握っているのは、自分です。
あなたを傷つけた「誰か」じゃない。
変わりたいと思い続けること。
あせらないこと。
もし「変わりたい」と心から願うなら
方法に頼らないことが大切なのかもしれません。
ひからびたタンポポをようやく捨てられそうです。