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ライター今泉愛子のブログです
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柚木麻子『BUTTER』 男に尽くすことが女の幸せなの?
柚木 麻子
新潮社
¥ 1,728
(2017-04-21)

BUTTER

柚木麻子

新潮社

 

中学時代に800mで全国優勝したとき、母がため息交じりで私に言ったのは、

「これでもうええ家にお嫁にいかれへんわ」でした。

スポーツで活躍した女の子は、男の子に敬遠されるということ?

 

東京にある国立の四年制大学に合格した時も、

母が心配したのは、嫁のもらい手がなくなるということ。

母の希望は、神戸の短大でした。

 

私の競技について理解がありません。

勉強もできすぎない方がいい。

 

母にとっての女の幸せは、いい家の男性と結婚すること。

そのためには、目立ってはダメ、スポーツも勉強もできてはダメ。

黙って男に尽くす、それが一番。

 

対する私は、中学生の頃から男子にモテることに関心がありませんでした。

ちょっと無理っぽい。

男子にモテるって、それは、男子が「ティッシュ!」と言った時に、

さっとさし出すような女子です。

なんで私がそんなことせなあかんねん。

 

偉そうにしてはダメ、いつもニコニコ、

私なんて、と謙遜しつつ、男を立てる。

そんな面倒くさいことは、わたしには難しい。

 

たった1人に愛されればそれでいい。

だけどその1人はどうしたら見つかるの?

そんな不安を抱えつつも「尽くす」ことには違和感がありました。

もちろん揺れることはあります。

絶対「尽くすなんてイヤ!」というわけでもないんです。

だけど、何か不自由。

 

わたしが相手に求めるのは、一緒にいて楽しいこと。

相手に提供できるのも、楽しさくらい。

だけど、精一杯大好きでいるから。

ずっとニコニコしているから。

 

この小説に登場するのは、結婚詐欺の末、男性3人を殺害したとされる、カジマナこと梶井真奈子。

デブでブスな彼女が、資産家の、だけど孤独な男性たちに料理を作ってもてなす。

男性たちは、財産を差し出し、そして、命を落とす。

 

これは実際にあった事件をモチーフにしています。

だけど、細部はかなり異なります。

アマゾンレビューでも、直木賞の選評(落選しました)でも、

事件の追跡が不十分、とされていますが、違う、そうじゃなくて、

この小説のテーマは、ジェンダー。

わたしはそう読みました。

そしてとても面白かった! 今年のわたしのベスト小説だと思います。

 

主人公は、この事件を追いかけた週刊誌記者の町田里佳。

それと、里佳の友人の伶子の女としての生き方と、

その周囲にいる男たちの生き方がじっくりと描かれた小説です。

 

女性には、マネージャータイプとプレイヤータイプがいると思うのですが、

社会的には、マネージャー的な立ち居振る舞いを求められることが多い。

専業主婦という仕組みがまさにそうです。

せっせと夫のお世話をして、疲れを癒して、翌日また会社に送り出すことを日常業務とする。

 

これをビジネスとしてやろうとしたのが、カジマナです。

引っかかった男性たちは、散々世話になったにもかかわらず、

カジマナに感謝の気持ちがありません。

ブスでデブなのに我慢してやったのに、的態度。

そういう騙され方は、男性にとって最悪なのかもしれません。

 

でも、それって彼女を自分より一段低いところに置いているということ。

だから安心できる。

 

伶子は美人広報としてバリバリ仕事をしていた人ですが、

結婚したのは、いまひとつ冴えない感じの亮介さん。

亮介さんには「なぜ伶子みたいな女が俺を?」という疑問が結婚後も横たわっています。

男性側のそのコンプレックスが、2人の関係を少しずつきしませていきます。

 

マネージャー役の女性を必要としない男性もいます。

それが篠井さん。

自分のことは自分でできるし、女性に世話をしてもらおうとは思っていない。

 

多忙な里佳が彼氏の誠に、珍しく料理を作ってあげた時、誠はうろたえます。

結婚を急かされていると誤解したのでしょうか。

 

結婚に、人生の相棒を求めるのか、それともお世話してもらうことを求めるのか。

もちろん二者択一ではないです。

 

かくいうわたしも、わが家の家事の8割、9割は担っています。

子どもたちが幼かった頃は、自分のことなんてそっちのけでした。

だけど、それは便宜上そうしてきただけで、尽くそうと思った結果ではありません。

「ごはんがおいしい」と言われればうれしいし、健康を気遣ったりはしますが、

自分を押さえつけていないし、夫とわたしの間に、上下関係なんてないです。

というよりも、上下関係は時によって変わります。

わたしが生意気なことを言う時もあれば、

夫が威張ることもあります。

 

これを専業主婦の友人に話すと「愛ちゃんは仕事をしているから」と言われることがあります。

でも、違うよ。

専業主婦でも、心は自由でいられると思う。

男より優れていてはダメとか、男は立ててあげないととか、思い込みすぎてるんじゃないかな。

そうすることで、だんなさんを囲い込もうとしているだけじゃないかな。

あるいは、この人にはわたしがついていなくては、と思わされているだけじゃないかな。

 

現実に、昭和の猛烈サラリーマンを支えてきたのは、専業主婦たちです。

日本の経済を、間接的に女性たちも支えたし、制度も専業主婦を優遇していました。

 

でもあれは、経済成長があった時代のことで、男たちはどんどん出世しました。

途中で出世街道を外れても、お給料が減ることはなく、妻をがっかりさせることはありませんでした。

妻からすると、支えがいがあったんです。

でも最近は、社会もちょっと違ってきています。

 

尽くすことと愛することは、違う。

カジマナの何が歪んでいるかというと、

愛情という心のやりとりにまったく関心がないところです。

男たちは、カジマナをどこか下に見ていましたが、

カジマナも男たちを、下に見ています。

これで満足でしょ?って。

 

里佳と玲子は、そしてそれぞれの彼氏や夫は、

少しずつ自分を縛っていた枷(かせ)を外していきます。

 

やっぱり大切なのは、愛、だと思う。

何かの役割で自分を縛るのではなくて、

のびのびと「大好き!」と言える心。

 

posted by 今泉愛子(詳細はクリック) | 06:24 | book | comments(0) | trackbacks(0) |
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