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ライター今泉愛子のブログです
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春先の不調はなぜ起きる? 主観と客観の乖離

私にとってはもはや定番の春先の体調の悪さ。

ランニング復帰して三度目の春ですが、またもや!です。

 

思えば、現役時代も春は体調が整いませんでしたから、そういう体質なのでしょうか。

「体質だから」と逃げてしまっては改善しないように思う一方で、あまり深刻にならんでもええんちゃうのんとも思います。

 

昨年は、深刻になりすぎた。

ポーランドの世界マスターズでそこそこ走れていたのですが、4月にガツっと体調が落ちました。

タイムも出なくなり、そこでメンタルがフラフラになりました。

「またか・・・」と。

 

レースに向かうメンタルはそれほど弱くないのですが、日常のこういうところでメンタルが弱かったんです。

と、ようやく気がつきました。

 

私はランナーとして「体力がない」というコンプレックスを現役の頃から抱えていました。

合宿などで、練習について行けたことがない。

練習で「レースペース」で走れたこともない。

逆に言えば、レースだけなぜか走れる、という感じでした。

 

だけど、あれって単に練習不足だったのでは?とようやく思うようになりました。

基礎体力不足というか。

中学時代は学校に80mの直送路しかなくて、指導者も不在で、

アップ(300mくらいのジョグ)して体操して流し3本やったら、あとはフリー。

種目ごとのブロック制でもなくて、私も幅跳びやったり、砲丸投げやったりする日々でした。

インターバルもレペティションはもちろんジョグすら存在してなかったです。

休日は適当に家の周りを走っていましたが、今思えばそれも30分程度でした。

 

記録としてはその時代が一番速かったわけで、高校で300mトラックでしっかり練習するようになったらいきなりダウン。

自分の中では「練習しすぎたのがよくなかったのか」「そもそも練習ってのが自分には合わないのか」と絶望的な気分になったりもしていました。

というかまあ、練習に対する信頼がないのです。

練習したら強くなるってことはないよね、と。

 

私はわりと最初からめっちゃ速かったので、ラッキーガールのように思われますが、私からすると、練習をして速くなった人たちがうらやましくてたまらないです。

だって自信が持てるでしょう。

 

そんなこんなで、春先に不調になると絶望的な気分に包まれていたんです。

いま思うと、自分に酔ってたんじゃないかしら。悲劇のヒロイン的な。

「やっぱり私はダメだ」という気分に負けてしまうんですよ。

やっぱり私は、最初から速いけど、そのあともたないんだな、と。

30年ぶりに走ったわりには、スイスイ速くなりました。

でも、もうこれで終わりかな、と。

なぜこうも全盛期が短いんだろう。

 

でもそれはそれとして、12月、1月、2月とせっせと走り込んでみたんです。

私としては初の試みです。

そしたら、あ、行けるやん、と。

全然、つかれへんわ、と。

ちょっと練習を頑張ると、どっと疲れがくる私でしたが、全然そんなことなくなっていて。

 

もしや「ジョグ」が足りていなかったの?と。

そう? そういうこと?

と思ったりしているうちに、春先の定番の不調はやっぱりやってきます。

 

今年は来ないかと思っていました。

だって、ジョグで体力つけたし。

だから「なぜ?」と思いたくなる気持ちもあるのですが、そこを追い込んでも答えはありません。

自分自身の感覚、主観にハマっちゃいけないのです。

 

いろんな要素があるねん。

だから今年の春先の不調は、なんとかなるやろ、で乗り越えようと思っています。

適当にジョグで繋ぐ。

いまちょっと仕事も忙しいし、コロナ自粛もあるし、そんなにあれこれできないし。

 

選手の「物語を作る」と陸連の方がおっしゃっていました。

いい取り組みだと思います。

ただね、自分が選手だとしたら、物語に酔ってちゃダメですよ。

努力を重ねて、挫折もして、ようやく栄光を掴む俺、みたいなのに酔ってたら、コケます。

そんなにうまくいきません。

成功をイメージするのは自分を励ますことになりますが、一方で現実に目をつぶってしまうこともあります。

そこは緻密にいかないと。

 

わたしの場合は、心地よく不幸に酔っていました。

これはわたしの主観が作った物語です。

トラウマを大事に抱えてしまう。

やっぱり私はダメなのか、と思いたくなる。思いそうになる。そっち側に行きたくなる。

だけど、そこで踏ん張らないと。

 

人は自分の物語をもっています。

肝心なところで故障する俺だったり、努力が実らない私だったり、不幸な物語にハマってしまう人もいると思います。

でも物語はずっと書き換えていかないと、抜け出せません。

 

私も一般的にはのんきに暮らしているのですが、不調物語はなかなか乗り越えられない。

というわけで、レースのないこのシーズンだからこそ、焦らず、トラウマにはまらず、「地道にやろう!」という境地に至っております。

よかったよかった。

 

自分を責めるクセのある人は、注意してくださいね。

「だから私はダメなんだ」と思いたくなるのは、思考のワナです。

ハマっちゃダメ。

 

でも私は親に愛されなかったし、恋愛経験もなくて、これといって成功体験もないの!

と、言いたくなるあなた。

そんなんどうでもええねん。今を生きることですよ。

 

今日は晴れた。

もしかして、私、天気に愛されてる?

くらいのスタンスでいきましょう。

幸福の種はどこにでも落ちています。

 

そう言えば、コロナリスクを、わりかし早い段階で予測していた話は、前回書きました。

東京オリンピックの開催は厳しそうだな、と。

それなのに、ふかやシティハーフが中止になり、そのあといきなり5月の山中湖ハーフに申し込んだバカは私です。

もちろん山中湖もすぐに中止が決まりました。

8月の東京オリンピックはムリだと思ってたのに、なんで山中湖ハーフは開催されると思うねん。

主観と客観の乖離って、こんなふうに起きるんです。

 

Twitterとインスタにあげたのですが、54歳と16歳。

16歳の時は深刻になりつつあった頃です。レース後呆然としていました。

 

54歳のこちらは、深刻だった頃ではありません。

阿見ACの練習会はいつもとても楽しく走っています。

それでも同じようなポーズをしています。

そういうこと。

 

客観的に見れば、大差なし、です。

posted by 今泉愛子(詳細はクリック) | 06:35 | ランニング | comments(0) | - |
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