アニメ現場をリアルレポート〜風に吹かれて
2013.08.31 Saturday
風に吹かれて
鈴木敏夫
中央公論新社
1890円
鈴木敏夫さんというのは、スタジオジブリのプロデューサー。
高畑勲、宮崎駿という2大巨匠を擁するスタジオジブリの
設立から深く関わり、アニメの制作現場を指揮してきた方。
彼がいないとスタジオジブリは回らない、くらいの存在なのだと
思います。
この本は、インタビュー形式になっています。
質問→回答 質問→回答、と対話によってどんどん話が深まっていく過程も
楽しめて、一般のノンフィクション作品とは異なる味わいがありますね。
インタビュアーは、渋谷陽一さん。
こちらはロッキング・オンの創立メンバーで現社長。
日本屈指のインタビュアーというところでしょうか。
これは一体何時間続けたのかというくらい密度の濃いインタビューで、
お二人の信頼関係があり、渋谷さんの鋭いインタビュー技術があり、
鈴木さんの頭の回転の速さがあり、なのだと思います。
何度も「この話もしてしまおう」と鈴木さんが決意して
話す場面があるんですね。
だからあまり普通には聞けないようなエピソードてんこ盛りで、
渋谷さんが「これ、宮さんが読みますよ?」 書いても大丈夫?と
心配する場面もあるほどです。
(ふつうは、渋谷さんはそんなこと心配するようなタマじゃないです)
きっとアニメ好き、ジブリ好きの人たちにとっては、
別の読み方があるだろうと思うのですが、
ジブリ作品をさほど見ているわけでもない私が面白かったのは、
アニメの制作現場の生々しいやりとり。
誰が誰にどうやって指示して、作品が出来上がってくるのか。
監督を宮崎さん以外がやる時は、どう決まるのか。
そんな過程が明かされていて面白いです。
あと宮崎駿さんも
他人に「儲かってるんだろうなあ」と思わせるような
江原啓之的お金の匂いがぷんぷんする方じゃないのですが、
読んでいると、本当に職人なんです。
1日24時間すべてアニメに捧げているように、読めます。
だけどもちろんアイディアがどんどん出てくる時もあれば、
行き詰まる時もあって、そういうところも含めて
熱のこもった創作現場のレポートになっています。
他の人が宮崎さんを語ると、あまり本音を語れない部分もあると思います。
でも最も身近な鈴木さんだからこそ、宮崎さんのいいところもダメなところも
生き生きと語っていて、すごく味わいがあります。
「しょうがない。人間的立派さを求めてもしょうがない。
面白いものをつくるんだから」
これはもう鈴木さんにしか言えないひと言ですね。
ジブリとしては、「制作集団」としての色合いが伝わってきました。
スタッフたちの真面目で熱心な感じ。
だけど、ある日宮崎さんと鈴木さんが、ジブリに帰って来たら
「関係者以外立ち入り禁止」というような(すみません、うろ覚え)
張り紙があって、ふたりでぽかんとした、とあって、
ちょっと笑いました。
うちは、いつの間にそんなエラそうな会社になったんだ?
って感じが。
会社の社交の部分は、鈴木さんが多くを担っている。
だから他の人たちは本当に作品のことだけ考えていればいい。
それは作り手としてはすごくいい環境です。
鈴木さん自身も損得とか利害とかを細かく計算して
動くのではなく、もっとダイナミックに動く。
ここでは頭を下げるべきだ。
ここは相手を立てよう。
そういう判断においても、目先の利益というよりは
もっと大きな使命感を持って臨んでいる。
仕事では、私のようなライターでも会社員でも
「社交」や「政治」も必要で、
人と会ったり、礼状を出したり、贈り物をしたり、
機嫌とったり、というようなことを重視する人もいます。
そういうノウハウをテーマにした本も多いですね。
私自身は、ビジネス的な社交術があまり好きではありません。
「とりあえず」つないでおきたい意識で名刺交換したり、メールしたり
することはほとんどないです。
というのは、繋がる人とはいつかどこかで繋がるものだし、
チャンスって、いつもどこからかやってくるし。
なので、私はこの本を読んでいて、
ジブリの仕事ぶり、宮崎さんの仕事ぶりのある種のストイックさに
ものすごく惹かれました。
ただひとつだけ、ちょっとなあ、と思ったのは、
やや渋谷さんのインタビューのやり方に強引なところがある点。
ご自身の仮説をぶつけて、言葉を引き出すのはとてもうまいのですが、
後半は無理矢理、鈴木さんを「うん」と
言わせようとしているようにも思えて、
力技でまとめようとしているような感じがしました。
もちろんオチ(結論の部分)があったほうが
まとまりがいいのはわかるんだけど、
私はもうちょっと、さらっと終わってくれるほうが好きかなあ。
その方が、読み手としては「あ、終わっちゃったよ!!!!」という
残念感があって、そこで、さらに書かれていた内容を自分の中で
フィードバックできるから。
それは好みの問題なんですけどね。
でも鈴木さんの、高畑・宮崎、両巨匠の掌握術はマジすごいです。
アニメ好き、ジブリ好きでなくとも、十分楽しめます。
ロッキング・オン社が出している「Cut」9月号には、
宮崎さんのインタビューが出ているみたい。
これも読んでみたいですね。